灯火消えんとして光を増す

インスタになにか貼ろうかな〜と思って、今年のベストショットを探してフォトライブラリを遡るとちょうど去年の今日の写真があった。母の写真だった。
年が明ける前、クリスマスライブのときかな?スタジオの前日に急に病院に呼ばれて、もう本当に長くないですって言われてから、なぜか元気になって一時帰宅ができたときの母の写真。猫を抱いて、自分のブログに載せるための写真を撮らされて。そのあとリビングでうたた寝しちゃってる母が可愛かったのでこっそり写真を撮ったのも残ってた。その次の日、母はまた病院に戻らなくてはいけなくて、姉が付き添いで病院に泊まったからわたしは1人で年を越したのだった。1人で年を越すのは想像以上に寂しいものだった。それに、来年はきっといまの家族では年を越せないだろうって思ってた。だからどうしようもなく悲しくて、夜に1人で泣いて、泣きながら寝たのを覚えてる。
そのときの母の容態は結構ヤバくて、血小板が尋常じゃないくらい減っていて、すぐ痣ができるし、血が出ると止まらなかった。もうダメだなと思ってたけど、じわじわ元気になって、1月5日の血液検査結果で血小板が人並みまで回復した。奇跡だと思った。そのときに検査結果を見ながら泣きながら笑ってる姉の写真も残っていた。タイトルにも書いたけど、まさにあれがそうだったのだろう。消える前の一瞬輝きが強くなるロウソクとおなじだ。人もたぶんそんな感じで死ぬ。無いよりはいいんだろうけど、期待させられて突き落とされるのもなかなかつらいものだと思う。だって、あのときは、もしかしてあの2〜3年くらい生きれちゃったりするかもなんて思ってたもん。お母さんは強いから奇跡を起こせる人なんだって思っちゃってたし、まさか1ヶ月ちょっとで、肺炎なんかにかかってあっけなく死んじゃうなんて思ってなかったもんなぁ。

平気になってきてるって思ってるし、実際回復はしていってるとも思うけど、やっぱり思い出しながらブログを書いたり、写真をじっくり見ると泣いてしまうから、悲しい気持ちはこれからもずっと無くならないんだと思う。やっぱりすこしは頑張らないけばならないと思うし、頑張ろうとしなければ。

同じ年代の子と遊ぶと、その子と仲が良ければ仲が良いほど家族の話になることが多い。そして、大多数の子の母親が、まだ生きているという事実を改めて知らされることになる。聞きたくないわけではないし、話した相手がわたしの事情を知っていようが知っていまいが、悪いとかいうことではないというのも理解している。これはたぶんわたしがこれから生きていくために乗り越えていかなければならないものなのだと思う。友達や他人の母親の話を聞いて、わたしが家に帰ってもいてくれたらいいのにとか、そういうことを考えすぎてしまっている。いまだに現実と理想のギャップに戸惑うときがある。どこか他人事で、現実を受け入れることができない自分がいる。

ここ数日間、毎晩夢に母が出てくる。朝目が覚めて悲しくなる。夢の中のことを悔いたりもする。
前に進みたいと思ってはいるのだけど、進みたくない気もする。進んだら完全に消えてしまうような、母の死を認めてしまうような気がする。認めなければ前には進めないと分かっているのに、認められないのだ。

寝ようと思ったら雨が降ってきた

なんでこんな写真しかないんだろう。
わたしのiPhoneに残っている母の写真は病院でたくさんの管みたいなのに繋がれた写真と寝ている写真と最後の一時外泊で猫を抱いている写真だけだ。いろいろ繋がれてるやつは痛々しいと言えば痛々しいのだけど、こちらに向かって舌を出してピースをしていて、母らしい表情の写真である。
母は確かに生きていた。存在していた。写真を見なくても、そんなことわかっているはずなのに、時々わからなくなってしまう。

久しぶりにアウトドアな遊びをして体が疲れているのできっと早く眠りにつくことが出来るだろうと思っていたけど、そうでもなかった。布団をかぶってからもう2時間は経つ。なんとなく見返したデータフォルダに母がいて、またなんとなく悲しい気持ちになった。

このあいだ、久しぶりに母の引き出しを開けた。そのまま母の服が残っていた。わたしも姉も捨てられないのだ。捨ててしまうと、もう二度と母が帰ってこない気がして。もう二度と帰ってこないのに、なんとなくそれを認めなくなくて。

わたしはいつになったら前に進めるのだろうか。今日はとてもたのしかったはずなのに、結局いつものペースに戻って、いつもの顔に戻っている。いつもと同じみたいな夜。明日の朝が来なかったらいいのにな。

20150825

半年経った。
だらだらと長い毎日だった。
もう半年経ったのか。
昨日のことみたいに鮮明に覚えている。
母が亡くなってからの後悔の気持ちも、2月の毎日泣いた日々も、暖房の効いた病室の匂いも、母の手の匂いも、母が死んだあとの姉のてきぱきした対応も、家に帰ってから冷たい母と三人で一緒に寝た夜も、塗ってあげたペディキュアも、拾った骨も、そのとき食べたごはんも、全部。
半年って終わってみるとあっという間だ。だらだら長くて、毎日悲しくて、苦しくて、はやく時間経てばいいのにって思ってたけど、時間が経っても苦しいままだったなぁ。こうやって未だにいろんなことを思い出しながら泣いてる。カメラロールを遡って母に関連する写真が出てくるたびに苦い気持ちになって、夜は悲しくなって。

絶対に考えちゃダメなことだって分かってるけど考えてしまう。うちじゃなくてよかったんじゃないかって。もっとお父さんとも仲良い家族のお母さんが代わりに死んでくれたらよかったのにって。その辺の道を歩いてるおじいちゃんやおばあちゃんが生きてて、わたしのお母さんはなんで死んでしまったのかなって。
きっと結婚して苦しいことばっかりだったのに、子どもは引きこもって死のうとして、ずっとつらかっただろうに、離婚する決意までしてから、病気になっちゃって。馬鹿馬鹿しいな本当に。救われない人は救われない。だからわたしも幸せになれるなんて思ってないし、もう思えない。