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布団に入ってから4時間寝れないまま

むしゃくしゃしたのでインスタにブログ載せました。本当は遺族の繋がりが欲しいんやけどはてなブログはどうやって探せばいいのか分からなかったのでとりあえず人目に晒してみます。同じような境遇の人に出会えますように。
やり方わかる人いたらおしえてください。

忘れることが回復するってことなんだろうか。自分の心のためにはぜんぶ忘れたいけど、本当はひとつも忘れたくない。どの記憶も消えて欲しくないし、忘れてはいけないような気がする。

最近夜中に眠れなくて漫画読んだりしてるんだけど、レジンコミックスのガンカンジャー読んで、思い出して泣いたりしてる、儀式みたいに。思い出して泣くことが弔いになるとでも思ってんのかね。わたしは。無駄なのかな、こんなことは。自分で自分の首を絞めてるだけなのかな。どうしたらいいのかな。悲しい。
誰に何を言われても、これから先どんな人間に出会っても、だれも代わりにはならないもんなあ。

お正月だよ!進撃の巨人

これからもいろんなものを見て思い出して悲しくなるんだろうなあ。録画して一緒に見てたアニメとかドラマとか再放送あるし。元気なときより、最後の、あんなに真剣に見てた番組も上の空みたいなかんじだったときのことが。
もうすぐ一年経つんだけど、季節が同じだとそれはそれできつかったりする。、

灯火消えんとして光を増す

インスタになにか貼ろうかな〜と思って、今年のベストショットを探してフォトライブラリを遡るとちょうど去年の今日の写真があった。母の写真だった。
年が明ける前、クリスマスライブのときかな?スタジオの前日に急に病院に呼ばれて、もう本当に長くないですって言われてから、なぜか元気になって一時帰宅ができたときの母の写真。猫を抱いて、自分のブログに載せるための写真を撮らされて。そのあとリビングでうたた寝しちゃってる母が可愛かったのでこっそり写真を撮ったのも残ってた。その次の日、母はまた病院に戻らなくてはいけなくて、姉が付き添いで病院に泊まったからわたしは1人で年を越したのだった。1人で年を越すのは想像以上に寂しいものだった。それに、来年はきっといまの家族では年を越せないだろうって思ってた。だからどうしようもなく悲しくて、夜に1人で泣いて、泣きながら寝たのを覚えてる。
そのときの母の容態は結構ヤバくて、血小板が尋常じゃないくらい減っていて、すぐ痣ができるし、血が出ると止まらなかった。もうダメだなと思ってたけど、じわじわ元気になって、1月5日の血液検査結果で血小板が人並みまで回復した。奇跡だと思った。そのときに検査結果を見ながら泣きながら笑ってる姉の写真も残っていた。タイトルにも書いたけど、まさにあれがそうだったのだろう。消える前の一瞬輝きが強くなるロウソクとおなじだ。人もたぶんそんな感じで死ぬ。無いよりはいいんだろうけど、期待させられて突き落とされるのもなかなかつらいものだと思う。だって、あのときは、もしかしてあの2〜3年くらい生きれちゃったりするかもなんて思ってたもん。お母さんは強いから奇跡を起こせる人なんだって思っちゃってたし、まさか1ヶ月ちょっとで、肺炎なんかにかかってあっけなく死んじゃうなんて思ってなかったもんなぁ。

平気になってきてるって思ってるし、実際回復はしていってるとも思うけど、やっぱり思い出しながらブログを書いたり、写真をじっくり見ると泣いてしまうから、悲しい気持ちはこれからもずっと無くならないんだと思う。やっぱりすこしは頑張らないけばならないと思うし、頑張ろうとしなければ。

変化

最近また母の夢をよく見る。ただ以前と違うのは、目が覚めたときに泣いていたり、夢のなかで泣いていたりしないことである。

平気になるのは急なもので、一ヶ月前はまだ悲しくて何も手につかない日がよくあった。
母が生きていたとき、わたしが好きなように泣ける場所は移動中だけだった。母が亡くなってからも、学校に向かう電車の中ではどうしてもそのときの気持ちやできごとを思い出してしまって、いつも泣いていた。が、2日前にゼミに行ったときは泣かなかった。母のことも思い出さなかった。帰り道でふとそのことに気がついて、こうしてわたしの中の母という存在は小さくなっていくのかと少しだけ悲しくなった。でも、いつまでも母だけがこころの中を占めているようでは生きていけないし、仕方がないことなんだろう。

昨日は少しだけセンチメンタルない気持ちで、リビングでのうたた寝で母の夢を見た。同じリビングに母がいて、お腹はいっぱいなのに、母の手料理が出てきて。でもわたしは母があと半年も生きられないことを知っていて、これが食べられるのもあと少しだし食べないとなぁと思った。夢のなかの母は元気そうだった。少し前までは、夢のなかの母は必ずと言っていいほど弱っていた。もうあのときの母のことを忘れようとしてるのかもしれない。

他人と関心

サークル同期の男の子が同期全員での卒業旅行に行く気がないと聞いて、仲良しごっこはもう終わったのだなあと思いほっとした。わたしも行きたくなかった。
最近はつまらないことや気を使わなければいけないこと、嫌な気分になる可能性があったり嫌な気分にさせられたことがある人との遊びに出るのが億劫になっている。昔は楽しそうであれば必ず顔を出していたし、誘われた遊びを断ることもなかったと思う。
自分がいないところで何かが起こるのが怖かったのだ。自分がいない空間を、自分と切り離すことが出来なかったのだ。最近は、他人に興味が無くなったのか、そういうことを考えなくなった。わたしと仲のいい子が誰と遊んでようと何も思わないし、わたしが所属していた集団がわたし抜きで集まっていても以前ほどショックを受けることもなくなった。大人になったのか、他人への関心が薄れたのかは分からないけど、きっとこれからは以前よりも楽に暮らせるだろう。
このことに気がついたのは、数ヶ月前、わたしとあと2人の3人で仲良くしていた小学校からの同級生が、わたし抜きの2人で遊んでいる様子をインスタグラムで見たときだった。思っていたよりもずっとショックが小さかった。無理して会わなくてもいいんだと安心さえした。そんな自分にすこし動揺もした。

サークルも、どうでもよくなった。ひとつの場所や集団にこだわることが、どれほど馬鹿げたことか、今ならよくわかる。わたしにはたくさんの居場所がある。もし今後、友達みんなに嫌われても、家があるし、姉がいる。それで十分だと思う。
もちろん、いまいる友達も大切です。たぶんこれを読んでる人はわたしと仲良くしてくれている数少ない友達なので、これからも仲良くして欲しいと思っています。

最近は、他人との時間にお金をかけない分、自分にはすごくお金をかけてしまう。おもに服など。服やアクセサリーを買っているときがすごく幸せです。こういうときに、就活しなきゃと思う。正社員になって、いまよりもたくさんのお金を趣味に費やして、お休みに好きな服を着たい。


もちもち

目が覚めたら母がわたしの布団に背を向けて座ってるっていう夢を見ました。最近母の夢をよく見ます。どうしたのかな。

鏡餅がスーパーに並び始めましたね。なにでもらったのか忘れたけど、去年そういうスーパーで売ってるような鏡もちを貰って、それを母の病室に持って行ったのを覚えています。未年で、2段のお餅の上に羊のマスコットが乗っているやつ。それの2016年バージョンのものを今日スーパーで見ました。母の病室に持って行った羊のマスコットおなじピンク色の、猿のマスコットが乗っかったやつ。スーパーで見かけたとき、去年のこと思い出しちゃって、母のこと思い出しちゃって、病院のこと思い出しちゃって、それを姉に言ったときは「やば〜〜母の死連想してまう〜〜」とかって笑ってみたけど、ほんとうはすごく悲しくなって、でも泣くのはしんどいから出来れば泣きたくなくて、悲しいのもしんどいから、笑えたほうが楽だと思って。
結局これ書きながら泣いてるんですけど。もうすぐ1年かと思うと、どうにもなってない自分に落胆する。人よりも悲しいことを経験したから、なんとなくで就活とか卒論とか早く終わったりするかもなんて甘いこと考えてたけどそうでもなかったし。いまは就活に関してはなんにもしてないし。落ちてへこんでも慰めてくれる親はいないし。
お母さんに会いたいなって思っても会えないし。これから先も一生、ずっと会えないもんな。うそみたい。悲しくなってきたからそろそろ考えるの辞めます。